ツイートの3行目

小学校の先生です。ツイートは2行まで。3行目からをここに書いていきます。

【水】褒められることが誰にとっても嬉しいことだとは限らないよ

 

 おはようございます。昨日はばんごはんに素麺を食べました。おいしいですよね、素麺って。別に手を抜きたかったわけではありません。無性に食べたくなったのです。無性に食べたくなるときってありますよね、素麺って。また、この「夏でもないのに食べる」というのがいいんですよ。冬にアイスクリームを食べるようなものです。え? 薬味は何を入れたのかって? ほしがりますねえ。いい質問です。いいでしょう。今回だけ特別に教えてあげましょう。薬味はね、なんとね。生姜と胡麻を入れたんですよ。くぅ、最高ですね。思い出しただけで心が素麺に引き寄せられていきます。素麺って何でできているか知っていますか? あの白い麺。「素の麺」と書かれても原材料まではわかりませんよね。実はね、素麺は消しゴムでできているんですよ。いや、嘘ではありません。本当です。いやいや、本当なんですって。どうしてそんなに疑うのですか。本当だと言っているではありませんか。はやく逃げないと。本当にオオカミが来たんですって。どうも、インクです。

 

褒められることが誰にとっても嬉しいことだとは限らないよ

  小学生の頃、登校をしぶっていた時期がありました。いわゆる「不登校」というやつです。どうして学校に行きたくなかったのかは、自分でもよくわかりません。別に誰かからいじめられていたわけでもありませんし、先生がきらいだったわけでもありません。逆に、親離れができていなかったわけでもありませんし、家が大好きだったわけでもありません。もしかすると、このときからすでに学校という場所に対する違和感を本能的に感じとっていたのかもしれません。

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文部科学省より

 具体的な日数としては、年間30日です。上の条件のもとで30日以上欠席した 児童・生徒が「不登校」という扱いになります。ちなみに筆者は1学期のほとんどを欠席していたので、ばっちり「不登校」だということになります。

 30日を超えていたことは間違いないのですが、母親に引きづられながら無理やり連れて行かれることもありました。だから、連続30日ではありません。行くときは泣きじゃくりながら道を引きづられていたそうです。お母さん大変だっただろうな。

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  先ほど述べたように、不登校だった期間は1学期間でした。2学期からはひとりでランドセルを背負って学校に行くことができるようになりました。これもまたどうして行けるようになったのかは自分でもよくわかりません。とにかく行けるようになったのです。

 2学期が始まる日の前日、要するに夏休みの最終日です。この日のことは今でもはっきりと覚えています。1学期の間は学校に行っていなかったので、このときにはもはや行かないことが当たり前になっていました。もちろん親もそのつもりでいました。もしかしたら、また明日から引きずって連れて行こうと思っていたのかもしれません。

 しかしこのときにはすでに、明日からは学校に行くつもりでいました。明日からは行ける。自分ではそれがわかっていたのです。このときに大きな壁になったのが「親に伝える」ということでした。前述のとおり、親は「1学期とおなじように行かない」と思っています。当たり前ですよね。急に行くだなんて思ってもみなかったでしょう。だからこそ大きな壁として立ちはだかることになったのです。

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※ 画像はイメージです。

 褒められたらどうしよう。え!! 明日から学校に行くの!? ひとりで!? すごいじゃん!! こんなリアクションをとられたらどうしよう。親だけではありません。先生も同じです。おお!! よく来たね!! ひとりで来れたんだね!! すごい!! こう言われるのがこわくてこわくて仕方がありませんでした。

 たしかに、長らく学校に行っていなかった子どもが学校に行くようになるということは、大人からすれば大きな変化に見えるのかもしれません。しかし当人からすれば、ゆっくり休んで気もちが整ったから明日からは登校する。ただそれだけのことなのです。ああ、褒められたくない。大きな反応をしてほしくない。そんなことを思っていました。

 結果的には、勇気を出して「明日から行く」ということを自分で親に伝えました。するとやっぱり褒められました。ただ、事前にあまりにも想像を広げすぎてしまっていたので「思っていたほどではなかった」と感じた記憶があります。学校の先生も同じでした。やっぱり褒められました。そんな大人の反応がとてもとても嫌でした。大人たちはよかれと思って言っているんでしょうけどね。

taishiowawa.hatenablog.com

 

  「不登校なんてレアなケースでしょ」と思っているかもしれませんが、少なからずこの「褒められたらどうしよう」という感情をもち合わせている子どもは案外たくさんいると思います。そんな気もちを裏腹に、大人たちは褒めればいいと思っているところがあります。褒めれば子どもは喜ぶ。褒めれば子どもの自己肯定感は上がる。そんなふうに思っています。

 きっと子どもをナメているのでしょう。大人よりも単純な思考で動いていると思っているのでしょう。「大人が褒めることで子どもの行動を制限する可能性がある」ということに気がついていないのでしょう。

 自分も子どもだったくせに。子どものころにいかに何も考えていなかったのかが、大人になって表れます。いいですか。褒めればいいというわけではありません。むしろ褒めることで行動を制限してしまうこともあるのです。そのことをよく自覚した上で、かけることばを選んでいけたらいいですね。練習がてら、このブログを褒めていってくれてもかまいませんよ。