おはようございます。洋服にガッツリとハマっていたころに、ぼんやりと「次はインテリアだろうな」と思っていました。洋服よりも長くつかうことが前提にあるため、選択がさらに難しくなるわけです。
価格も高いですからね。「買ったはいいもののイマイチだな」を、そう簡単にはできなくなります。ただきっと、洋服でもそうだったように、ちゃんと探せばすてきな家具がたくさんみつかるものなのでしょう。
いまの部屋に置いてある家具には、なんの思い入れもありません。予算優先で買いそろえたものばかりです。そもそも自分が家にいませんからね。インテリアなんてべつに何でもいいやと思ってしまっています。
だからこそ、ハマるととことんハマるのでしょう。いちどでいいから、徹底的にこだわって部屋をつくってみたいものです。どうも、インクです。
考えているかどうかは「どんな質問をするか」に表れる
考えているかどうかは「どんな質問をするか」に表れる
— インク@青年求職家 (@firesign_ink) 2020年9月12日
日常的なコミュニケーションにおける「質問」は、知らないことを知るための手段ではなく、相手の内にあるものを引き出すための手段だと思っています。
自分が聞くのではなく、相手に喋らせるのです。言い換えるなら、他者から「問われなければ出てこなかったであろうことば」を引き出すというわけです。その結果として「自分が聞く」が成立します。
このような質問をしようと思ったら、当然ですが、相手の話をよく理解しなければなりません。その上で、その場の趣旨に合った問いを立てなければなりません。これがまあ、なかなかに難しいわけです。
世の中には「してはいけない質問」や「するべきではない質問」が、わりとたくさんありますからね。しかも、それらの地雷は人によって違います。
だからといって、わかりやすい安全地帯ばかりを攻めていてはおもしろくありません。とっくにほかの誰かによって踏み固められているでしょうからね。
ギリギリのところを攻めなければ、結局は過去にされた質問への回答をくり返すだけになってしまいます。餅屋に餅のことを聞いたって、詳しくてわかりやすい専門的な「情報」が返ってくるだけなのです。
もちろん中には、そんな「情報」を得るためにする質問もありますよ。ただそれは、コミュニケーションというよりも、聞き取りであり情報収集です。質問者は「その人」ではなく「餅屋」に用事があるのです。
では、どうすれば「その人」にギリギリの質問をぶつけることができるのかという話になるわけですが、やはりまずは相手に興味を抱かなければなりません。
日本を代表する哲学者である西田幾多郎は「物を知るにはこれを愛さねばならず、物を愛すにはこれを知らねばならない」と述べています。演技をして、自分の感情に嘘をつけという意味ではありません。
心の底から「その人」に興味を抱かなければならないのです。存在そのものに敬意を表するわけです。結局はこれができた方がお互いにハッピーですからね。
最近で言えば、キングコングの梶原雄太さんことカジサックさんが、この点に関しては本当にお上手です。ゲストを招いてトークをするような動画を観ていると、質問から相槌まで、本当に見事です。
決しておだてられているわけでもないのに、相手はおそらく気持ちがいいと思うんですよね。それは単純に、敬意を前提として接してくれているからです。
そして、それが正直な思いから生まれてくるものであるからです。ご自身でも「変わった」とおっしゃっていましたが、こんなに聞き上手だとは思っていなかったので、はじめて観たときは驚きました。そして、そりゃあ登録者も増えるよなと思いました。
ここまでで述べてきた「質問者としての能力」こそが「コミュニケーション能力」と呼ばれているものの正体なのではないかと思っています。
存在そのものに敬意を表した上で、相手の内にあることばを引き出す能力です。相手の目線に立てば「優秀な鏡」と言うこともできるのかもしれません。
知られざる自己を写す「優秀な鏡」です。質問に答えるという行為を通して、はじめて自分を知るのです。かの有名なソクラテスが行っていたとされる「問答法」にも近いものがあるのかもしれません。
大人は子どもにとっての「優秀な鏡」であってやらねばならないのです。そう考えるとやはり「どんな質問をするのか」って、とても大切ですよね。
回答のための前フリのような扱い方をされるわけですが、実は質問にこそ「その人が考えているのかどうか」がたっぷりと詰め込まれているのです。
【今後の予定】
①12月16日(水)こきけんよう Vol.23
①12月18(金)スナックらいざ Vol.8
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