ツイートの3行目

小学校の先生です。ツイートは2行まで。3行目からをここに書いていきます。

【月】対等に話せているというのは思い込みで年配者があなたに合わせてくれているんだぜ

 

 おはようございます。海の近くに住んでいるので、散歩やランニングはいつも海沿いです。例年ならこの時期は、海の家が建ちならび、パラソルがひしめき合い、スピーカーからは陽気な音楽が流れています。しかし、今年の夏はとてもとても静かです。

 家族づれがテントを立てていたり、夜には花火をしていたりしますが、とても和やかな空気が流れています。これまでは、あまり好きになれなかった夏の海も、今年は好きになれそうです。

 言い忘れていましたが、筆者は泳ぐことが苦手です。生命は長い年月を経て、海から陸地へと上がってきたというのに、どうしてまた海へと戻らなければならないのでしょう。やっぱり、海は泳ぐものではありません。騒ぐものでもはしゃぐものでもないと、そう思うのです。どうも、インクです。

 

対等に話せているというのは思い込みで年配者があなたに合わせてくれているんだぜ

  毎年のように「今年の新卒がヤバい」というようなツイートを見かけます。ゆとり世代がどうのこうのと、その「ヤバさ」についておもしろおかしく揶揄しています。きっとこのようなツイートがなくなることはないのでしょう。若い者に対して、とやかく言いたくなってしまうのが、人間の性というものなのです。

 しかし、現場にいると「若いのにしっかりしているね」というようなことばもよく耳にします。実際に、若いのにしっかりしている人って増えたような気がしています。気のせいでしょうか。ことばづかいがどうのというより、立ち回りがしっかりしているというか、妙に落ち着いているというか。

 きっと、複雑な環境を生き抜く中で、上手にやり抜く術を身につけてきたのでしょう。かつてに比べると、外部からの情報量は明らかに増え、友だち関係もより複雑になっているでしょうからね。自分を守る術を身につけなければ、生きていくことができなかったのです。 

 ところがベテランたちは、そんな「しっかり した若手」があまり好きではありません。「まったくもう、仕方がないなあ」と言いたいわけですからね。淡々と仕事をこなされてしまっては、先輩風を吹かす隙がありません。

 だから、先輩の本音としては「ヤバい」とまではいかずとも、ある程度は「できない若手」であってほしいのです。わからないことを優しく教えて、頼れる先輩になりたいのです。それにも関わらず、しっかりしているものだから、先輩としても困ってしまうというわけです。

 そんな「しっかりした若手」にマウントをとろうと思ったら、若い人たちのことも認めていますよという感じを醸し出すか、粗探しをしてパワハラをするかしかありません。先輩たちも、自分の立場を守るために必死になっているのです。

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 一方で若手は、妙な自信をもっており、本当はもっと貪欲です。しかし、そんなトガりを表には出しません。先ほども述べたように、丸くなっていた方が楽だということを知ってしまっているからです。先輩の声はほどよく聞き流しながら、変なこだわりをぜんぶ捨てて、仕事に取り組んでいます。だからといって、べつに手を抜いているわけではありません。

 彼らは、仕事よりもおもしろいものをたくさん知っています。ベテランたちが若いころには存在すらしていなかったものたちです。若手はそんなおもしろいものに、自分の時間を費やすためにも、仕事では無駄な労力をかけないように努めます。

 なんども言いますが、決して手を抜いているわけではありません。単純にスタンスがちがうというだけで、彼らなりに一生懸命はたらいているのです。先輩が自慢げに話していたら、一生懸命「そんなんですね!」と相槌をうち、わかっていることでもあえて先輩に質問をします。

 べつに相手のことを想ってそんなことをしているわけではありません。自分が働きやすい環境を、自分でつくっているというだけです。そうすることで、結果的にストレスも軽減され、仕事以外に割くことのできる時間も確保できるというわけです。すべての困難に立ち向かう必要はありませんからね。

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 さあ、これまた先輩のターンです。先輩たちは、このような後輩たちのすがたを見て、すこし寂しく思っています。先輩・後輩の関係って、もっとこう、第二の家族みたいな? そんな関係を想像しながら、これまで仕事をつづけてきたからです。

 実際に自分自身も、頼れるカッコいい先輩がいてくれたからこそ、ここまでやってくることができました。しかし、自分はそんな頼れるカッコいい先輩になれそうにありません。自分の実力がどうのこうのという話ではありません。後輩たちが、自分をそんな先輩にならせてくれないのです。 

 定時になるとすぐに帰ってしまうし、飲み会に誘ったらいつも断られてしまうし。それどころか、話しかけるだけでもハラスメントということばがよぎり、ついつい気をつかってしまいます。どうして後輩に気をつかわなければならないのでしょう。

 最近の若い子って難しい。どうやって接すればいいんだろう。こうして先輩たちはモヤモヤを抱えながら、何とか近づくことができないものかと日々あたまを悩ませているのです。 

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  一方後輩はというと、先輩のそのような思いにあまり気がついてはいません。どれだけ落ち着いたフリをしていようとも、所詮はまだまだペーペーです。自分のことで精一杯で、まわりのことなんて、大して見えてはいないのです。

 そのくせして「そうなんですね!タメになります!」とおだてておけば何とかなるだろうと、タカをくくって先輩に接しています。まあ、若気の至りということばもあります。トガっていて当然ですし、若者らしくていいのかもしれません。

 しかし、どこかでは気がつくことになるでしょう。先輩たちはもっともっと大人で、若造なんかが到底追いつけるようなところにはいなかったということに。若手がどんなにがんばったって「生きてきた時間」という観点では、絶対に勝てません。

 どれだけ対等に話せていると思っていたって、それはただ先輩が自分に合わせてくれているだけです。自分だって、中学生や高校生と話をすれば、同じように思うはずです。人間の心には、デフォルトで「若いなあ」という感情が組み込まれているのです。

 若者らしくトガったってかまわないし、根拠のない自信をもとに大きなことを言ったってかまいません。むしろ、どんどんやりたいことはやって、言いたいことは言えばいいと思います。ただし、先輩をナメてかかることだけはやめておいた方がいいでしょう。

 他者にリスペクトを送ることができない人間に、信用が集まるわけがありません。頼りになるかどうかとか、そんなことは一切関係ありません。前提としてのリスペクトを。存在そのものにリスペクトを送るのです。それができてはじめて、言動に力が加わるようになるわけです。

taishiowawa.hatenablog.com

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【お知らせ:明日】

 急なお知らせになりすが、明日の21時から「らぱいんざWORLD 第3回」を開催します。今回はゲストなしの3人回です。これまでの2回を振り返りながら、好き勝手おしゃべりできたらいいなと思います。いや、もしかすると振り返りなんてしないのかもしれません。当人たちもまったく何も決めてはいません。

 と、こんなことを言っていると「前の2回は参加してないけど、聞きに行ってもいいのかな」とか「1回も絡んだことがないけど聞きに行ってもいいのかな」とか、余計なことを考える人が出てくるのでしょうが、そんなことは一切考えなくて結構です。この機会を逃したら、もう二度どおなじ回はありませんからね。参加希望はツイッターのDMにてお待ちしています。お気軽にどうぞ。

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