ツイートの3行目

小学校の先生です。ツイートは2行まで。3行目からをここに書いていきます。

【金】物を知るにはこれを愛さねばならず、物を愛すにはこれを知らねばならない。

 

 おはようございます。先日、1年ぶりに誕生日をむかえました。むかしから祝われることは苦手です。ありがたいだけに「もっと喜んだ方がいいんだろうな」とか「わざわざ申しわけないな」とか、いろいろと考えてしまいます。

 反対に、喜びを表現することに長けている人は本当にすごいなと思います。昔はただの性格の違いだと思っていたのですが、ある程度は「礼儀」に含まれるのだろうなと思うようになりました。

 大きなリアクションが返ってきた方が祝い甲斐がありますからね。ごはんをおいしそうに食べる人とか、満面の笑顔で写真にうつる人とか。本当にすごいなと思います。斜に構えてバカにしているわけではありませんよ。本当にすごいなと思うのです。

 きっと自分が真似をすると、わざとらしさが全開になってしまうと思うので、ほかの表現方法を探っていきたいと思います。少なくとも「自分は人見知りだ」と言って防御線を張り、相手に迷惑をかけることだけはやめようと思います。どうも、インクです。

 

物を知るにはこれを愛さねばならず、物を愛すにはこれを知らねばならない。

 冒頭の文章を読んでいただければわかるとおり、筆者は「閉じた人間」でした。仮面をかぶるような器用さがなかったので「見せない」という手段をとって、必死に自分を守っていたのだと思います。

 だからこそ「この人と話しても仕方がない」と判断すれば、その時点で自ら離れるようにしていました。人間関係に限らず、興味がないことはとことん遠ざけていたように思います。ひとことで言うなら「食わず嫌い」というやつです。

 だからといって、今になって後悔していることは何ひとつありません。当時の判断基準が間違っていたとも思いません。そのときに「話しても仕方がない」と思った相手は、本当に話しても仕方がなかったのだと思います。興味がないと切り捨てたものたちは、自分にとって必要なものではなかったのだと思います。

 このような否定的な感情の中から「本当におもしろいと思えるものは何なのか」を探ってきました。肯定するよりも否定することの方が簡単ですからね。これはおもしろくない。あれもおもしろくない。そうやって「おもしろくない」を排除していく中で「おもしろい」の輪郭を明確にしてきたのです。

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 それから数年たって、ようやく「肯定でものごとを捉えてみてもいいのかもしれない」と思うようになりました。否定だけでは、出会える「おもしろい」の幅に限界があると知ったからです。

 物を知るにはこれを愛さねばならず、物を愛すにはこれを知らねばならない。西田幾多郎おじさんの著書『善の研究』に登場することばです。本当にものごとを知ろうと思ったら、まずは愛さねばならぬのです。

 授業づくりにおける教材研究なんてまさにそうですね。まずは教材そのものを愛さなければ、本当においしいところは見えてきません。よく「教材自体がおもしろくないのに、おもしろい授業ができるわけがない」というようなことばを耳にしますが、そりゃあそんな姿勢では教材も心を開いてはくれないでしょう。

 端的に言うなら、とにかく好きになってみればいいじゃないという話です。好きなものを嫌いになるのは簡単ですが、嫌いなものを好きになるのは難しいですからね。好きになるハードルなんてべつに低くていいのです。変なこだわりなんか捨てて、まずは愛してみればいいじゃない。話をするのはそこからです。

taishiowawa.hatenablog.com

 

【お知らせ:本日】

  第2回「らぱいんざWORLD」がいよいよ本日開催です。らいざさん(@rize_up_high)と らぱんさん(@lapinHSP)といっしょに、ゲストを招いておしゃべりします。第2回ゲストは、第1回ゲストである イスップさん(@bstogs1)にテレホンショッキング形式で紹介していただいた にょんさん(@EyzNo)です。ちなみに筆者はまったくといってもいいほど絡みがありません。おもしろくなることは間違いありませんが、はたしてどうなることやら。

 まだまだ聞き手を募集していますので、興味のある方もない方も、イヌもサルもキジも、画面の前のあなたも、ぜひご参加ください。参加希望はツイッターのDMにてお受けしております。自分なんかが行ってもいいのかなという考えは捨てましょう。あなたのご参加をこころよりお待ちしております。

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