ツイートの3行目

小学校の先生です。ツイートは2行まで。3行目からをここに書いていきます。

【月】孤独は前提だぜ

 

 おはようございます。インディーズのロックバンドを知っていたり、マイナーなドメスティックブランドを知っていたり。読んだことのある本が重なったり、観たことのある映画が重なったり。たまたま出身地がおなじだったり、海外で日本人に出会ったり。

 このような「奇遇」の連なりによって、人と人とは繋がっていきます。そんな中でも、特に大切なのは「ことばが通じる」という奇遇です。「日本人どうしなら通じて当たり前でしょう」と思いましたか。

 それがそうもいきません。「ことばが通じる」って、実はなかなかの「奇遇」です。しかし、だからこそ、ことばが通じると嬉しいわけです。「人とことばを交わす」というのは、やはり楽しいものなのです。

 今日もこうして、目に見えない空に向かってことばを発しつづけます。一方的でひとりよがりな行為ですが、そのことばが奇遇にも、どこかの誰かに通じたらいいなと思っています。どうも、インクです。

 

孤独は前提だぜ

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河出書房新社 文庫版の装丁

 先日、沖田修一監督の映画『おらおらでひとりいぐも』を観てきました。原作は若竹千佐子さんの小説です。第54回文藝賞と第158回芥川賞のダブル受賞に加えて、タイトルもかなり斬新なので、気になっていた方も多いのではないでしょうか。

 本屋さんで装丁をはじめて見たときは、思わず立ち止まってしまいました。おらおら? いぐも? なんだこれ?「ひとり」以外のことばの意味がまったくわからなかったのです。あまりにも気になったので、ひとりの現代人としてすぐに検索をかけました。

 どうやら元は、宮沢賢治の「永訣の朝」の1節「( Ora Orade Shitori egumo )」のようです。「わたしは、わたしひとりで逝きます」という意味ですね。

 妹である「とし子」の死を前にして詠んだ詩なので、先ほどのことばは妹のセリフだということになります。わたしは、わたしひとりで逝きます。

 この詩を読んだときに、パッと連想されたのが高村光太郎の『レモン哀歌』でした。妹が「とほくへいつてしまふ」と詠んだ宮沢賢治と、妻の「機関はそれなり止まつた」と詠んだ高村光太郎と。

 そして、肝心の『おらおらでひとりいぐも』ですが、こちらは「最愛の夫を亡くし、ふたりの子どもとも疎遠になっている70代の桃子さんが孤独と向き合う」という物語です。原作とは異なる部分も多いようですが、個人的にはお気に入りの1作になりました。

 桃子さんの妄想が具現化されるような場面がたびたび登場するのですが、ここの描き方が本当にお見事なのです。現実世界との違いを残酷なまでにスパッと切り替えたかと思ったら、最後にはそんな妄想の世界までもが現実の一部として機能しています。

 またその妄想が「馬鹿げたおふざけ」でもなく「老人のボケ」でもなく、本当に素敵なのです。まあ、あまり話しすぎるとネタバレになってしまうので、ぜひお近くの劇場に足を運んでみてください。

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大島依提亜さんディレクション イラスト版ポスター

 ここからはできるだけネタバレをしないように、この物語の主題である「愛」と「孤独」について、思ったことをひたすらに書いていこうと思います。

 先ほども述べたように、主人公の桃子さんは夫の周造を亡くしています。言い換えるなら、愛する人を失い、愛してくれた人を失っているわけです。

 これまでの人生でもっとも大切にしていた「愛」を失い、突如「孤独」になりました。そりゃあ、寂しくもあり、悲しくもあります。そんな感情を「弱さ」として吐露するような場面もありました。

 しかし桃子さんは、そのまま悲しみに暮れるのではなく、前を向いて進みはじめます。ここでタイトルが効いてくるわけです。おらおらでひとりいぐも。

 そう考えると、賢治が詠んだ「( Ora Orade Shitori egumo )」とは、すこし意味合いが違いますね。桃子さんの「おらおらでひとりいぐも」は、終わりではなく始まりです。愛に頼りきらない、孤独を前提とした人生の始まりなのです。

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左から子ども時代の桃子、70代の桃子、20代の桃子

 作者は決して「愛」を否定しません。ただし「愛からの解放」にも価値があると述べています。「愛」ってある種、他者に委ねるものですからね。

 それこそ桃子さんのように、自分の意思に関わらず、突然失われてしまう場合もあります。そんな不安定なものに、全身全霊を注ぎ込むのはあまりにもリスクが高いわけです。そんなリスクをも容易に飛び越えてしまうのが「愛」なのかもしれませんけどね。

 だからこそ「孤独」の中に価値を見出すことができたらよいのかもしれません。前提としての「孤独」の上に「愛」を注いでいくわけです。

 「愛」を失ったときのためのリスクヘッジではなく、自分の人生を歩むための「孤独」です。孤独は前提だぜ。おらおらでひとりいぐも。

 

【今後の予定】

①11月25日(水)こきけんよう Vol.20

②12月4日(金)らぱいんざWORLD Vol.9

 

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